【書評】『ケビン・ガーネット自伝 KG A to Z』――「ガーネット像」が大きく変わる百科事典スタイルの本

2021-10-27
読了時間 約2分

NBAファンならマストバイの一冊

訳者が友人の大西玲央君という縁で書評を頼まれた。安請け合いしたあとに少し不安が頭をよぎったことを覚えている。もしつまらなかったらどうしよう。販促になるようなことを期待されて書評を頼まれたのに、そのままつまらないと書くほど私はイカれていない。さりとて、つまらないものをさも面白いように偽るのは気が引ける。

しかし、そんな不安は一瞬で消し飛んだ。ページをめくる手が止まらないほど面白い。これまで大西君が訳してきた4冊はすべて読んだが、間違いなくこの『ケビン・ガーネット自伝  KG A to Z』が最高傑作である。前作の『I’LL SHOW YOU デリック・ローズ自伝』は私の会社で出しているだけに、この作品を自社で出せなかったことに悔しさすら感じている。

「あなたがNBAに少しでも興味があるなら、本書を読むべきである」

書評としてはこのひと言がすべてだが、まだ購入を悩んでいる方のために少し私の感じたことを書き加えよう。

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ガーネットの知られざる内面が見えてくる

本書を読む前、私はガーネットに対して「ちぐはぐな人」という印象を持っていた。

同時期に活躍したスター選手と比べれば私の言わんとするところがわかるだろう。例えばアレン・アイバーソンなら「NBAにヒップホップカルチャーを持ち込み、時代の寵児となった男」と簡潔にまとめられる。コービー・ブライアントなら「不遜とも取れる自信満々な態度から多くのアンチを生んだが、その自信を裏付ける人並外れた努力によって成功を収め、リスペクトを勝ち取った男」といったところだろうか。

それに対し、ガーネットは一行で説明するのが難しい。エピソードに一貫性がないのだ。優勝後に「Anything is possible!(不可能なことなどない!)」と叫んで世人の胸を打ったかと思えば、同じ口で脱毛症を患っているチャーリー・ビラヌエバを「ガン患者」と呼んで世間を憤慨させた。ビッグマンとは思えない華麗なドリブルでゴールにアタックしてそのままダンクを叩き込む姿に、90年代のファンは新時代の到来を感じた。一方で10年代に入ってもなおゴール下で肘を振り回し続けるその姿は時代遅れに映った。

言葉にせよプレーにせよ、ガーネットにはポジティブなエネルギーとネガティブなエネルギーの両方が混在していて、そのコントロールが上手くできていない。そんな風にガーネットを見ていた私にとって、本書は本当の彼を理解するいい手助けとなった。

本書から感じられるケビン・ガーネットには、やはりポジティブなエネルギーがあり、ネガティブなエネルギーがある。そのコントロールに苦慮する場面があることも想像通りだった。予想外だったのは、そうした自分のエネルギー、コントロールの難しさ、矛盾した言動、自身の変化といった他者からはちぐはぐに見える彼の要素を、ガーネット本人がしっかりと把握していたことである。

読み終えたとき、私の中のガーネット像は大きく変わった。ガーネットにはコントロールできるものとできないものを判別する聡明さがある。さまざまな新しいものや時代の変化を受け入れる度量がある。自身が変わることを恐れない勇気がある。

ファンはもちろん、彼の上辺だけを見て「なんだかちぐはぐだな」と感じている私のような人にこそ本書を読んでもらいたい。読めばあなたのガーネットを見る目が変わること、請け合いである。

これまでになかった百科事典スタイルの自伝

内容としても太鼓判を捺せる本書だが、百科事典スタイルの自伝という異例の体裁も奏功している。

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百科事典スタイルと言っても、まったくのアトランダムというわけではなく、自伝的に時系列で話が進む中にランダムでコラム的な小話が入ってくる。コラムのおかげで飽きが来ないだけでなく、そのコラムの質が高い。ほぼすべてのコラムにきちんとフリとオチがあるのだ。「G」の章に『ザ・グレート・カブキ』の項目を立てるほどプロレス好きであり、自身で制作会社を立ち上げるほど映画に魅了されているガーネットは、エンターテインメントに造詣が深いのだろう。それがコラムに発揮されているように思う。

例えば『ケニーG』の項目は音楽の話から始まるが、締めの一節は以下の通りだ。

「偉大なバスケ選手である、(マイケル・)ジョーダン、ウィルト(・チェンバレン)、シャック(シャキール・オニール)、ビーン(コービー・ブライアント)、ブロン(レブロン・ジェームズ)はビーストと呼ばれている。ではビーストはその人生に優しさを組み込むことができるだろうか? もしできれば、さらに偉大さが増すだろう。できなければ、狂人となる。真のバランスを見出せるかどうかなんだ」

こうした予測不能な着地を用意できるところに、私は彼のエンターテイナーとしての素養を見る。

最後に訳者大西君の仕事ぶりにも触れておこう。彼の仕事の中で内容的にこの『ケビン・ガーネット自伝』が最高傑作であることは書いたが、翻訳という観点から見ても素晴らしい作品に仕上がっている。読みやすいだけでなく、KG本人が喋っている映像が眼前に浮かんでくるようである。KG流に言えば「ドープ」な翻訳を仕上げた大西君に拍手を送りたい。

改めて。

「あなたがNBAに少しでも興味があるなら、本書を読むべきである」

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■執筆者プロフィール
大柴壮平(おおしば そうへい)/バスケ雑誌『ダブドリ』編集長。NBA Rakutenにて「大柴壮平コラム」を連載していたほか、『ダブドリ』にて仙台89ERSを追うコラム「Grind」を執筆している。ポッドキャスター(Trash Talking Theory、Mark Tonight NTR)、YouTuber(Basketball Diner)としても活動中。Twitter: @SOHEIOSHIBA


『ケビン・ガーネット自伝 KG A to Z』

ケビン・ガーネット/デイヴィッド・リッツ[著] 大西玲央[訳]

◎定価:本体2,100円+税(四六判・432頁)
◎発行元:株式会社KADOKAWA
◎ISBN:978-4046053114

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