「2人で切磋琢磨して頑張っていきたい」
歴史上でも3人しかいない日本人NBAプレイヤーのうち、2人が同じコートに立ち、直接マッチアップする機会まであった現地1月21日(日本時間22日)の夜――。ワシントン・ウィザーズ対トロント・ラプターズ戦を見た日本のバスケットボールファンは、ほとんど夢見心地だったに違いない。
「いつも対戦するときに、どちらかに何かがあってできなかった。久しぶりにこうやって対戦できてよかった。日本人で頑張っている人がNBAの同じ舞台にいるのは僕にとってもすごいいい影響。2人で切磋琢磨して頑張っていきたいなと思います」。
試合後、八村が少々感慨深げにそう述べていた通り、2人の“競演”は渡邊がまだメンフィス・グリズリーズに属していた2019年12月14日(同15日)以来、久々のことだった。
それから2年以上の時を経て、キャピタル・ワン・アリーナ(ワシントンDC)で行われたゲームの第1クォーター、残り4分25秒で両者は同時にコートに立った。直後、渡邊は八村をガードし、八村が得意とするフェイダウェイジャンパーを守り切るシーンも。この日、八村は19分50秒で11得点、8リバウンドを挙げ、渡邊も5分47秒をプレイして2リバウンドを掴んだ。
同日は『ジャパニーズ・ヘリテージ・ナイト』と銘打たれ、太鼓の演奏、絵馬の体験、東京五輪トーチの側での記念撮影など様々なイベントが催された。事前から華やかに宣伝されたこともあって、1万4755人を集めた場内には日本人ファンの姿も多かった。満員にはならなかったものの、普段とは少々違う高揚感が感じられたのも事実である。
「DCでジャパニーズナイトということで、試合に出れて良かった。日本のコミュニティが広がっていると思うので、すごい嬉しいです」。
東京五輪以来、久々に顔を合わせたという八村と渡邊も楽しそうに過ごしており、試合後の八村のそんな言葉は正直な思いだったはずである。
渡邊雄太の言葉ににじむ正直な思い
こうして見どころ満載のゲームにはなったが、ただ、舞台は華やかでも、ジャパニーズ・ヘリテージ・ナイトの主役となった2人が、それぞれ最高の状態で当日を迎えたわけではなかったことは付け加えておきたい。
今季は個人的な理由でチームへの合流が遅れた八村は、復帰7戦目でまだコンディションを整えている最中。渡邊は1月4日から安全衛生プロトコル入りを経験し、復帰後も1月17、19日(同18、20日)の2試合はDNP(コーチ判断による欠場)と調子を落としていた。おかげで21日のゲームでも2人のプレイタイムは限られ、一緒にプレイしたのは約5分のみ。渡邊は前半だけの出場に終わり、八村も第4クォーターの残り7分14秒でベンチに下がると、終盤はベンチから戦況を見守った。
試合はウィザーズが残り1分で102-102の同点に追いつくという大接戦となり、最後はラプターズが109-105と競り勝った。見応えのあるゲームの勝負どころで、八村と渡邊の姿がコートになかったことに寂しさを感じた人もいただろう。
「見ている人たちからしたら、去年実現しなかった僕と塁の対戦というのを楽しみにしている方が多いと思います。ただ、僕にしたら、あくまで全部大事な一戦の中のひとつ。塁がいるから特別っていうわけではないですし、僕にとっては毎試合毎試合がすごい大事になってくる。気持ち的には特別な試合っていう感じではないです」。
試合前にそう述べた渡邊の言葉の背後には、プレイ機会が確実ではなくなった自身の現在の立場を考えれば相手チームに所属する盟友のことを強く意識している場合ではない、という思いがあったのだろう。日本人対決を心から楽しみにできるのは、互いに主力選手として定着したとき。約1か月前にはより安定したプレイタイムを得ていただけに、渡邊の「(日本人対決は)自分がローテーションの一員としてしっかりやれているときにやりたかったという気持ちもあります」という言葉は、正直な思いの吐露だったに違いない。
「日本人が2人、同じコートにこういう大きい舞台で立てるっていうのはすごい嬉しいこと」
ただ、渡邊のそんな思いを考慮した上でも、約2年という空白を経て、2人がこうしてまた同じコートに立ったことにはやはり大きな価値があったように思える。
生き馬の目を抜くNBAの世界で、八村は今季が3年目、渡邊は4年目。両者ともにそろそろベテランと呼ばれても不思議はない立場となっている。同時に2人はそれぞれの形でこのリーグで生き残っていけるだけの力を示してきた。
前述通り、八村は今季前半戦をほぼ休むことになったが、「休養が必要だった」という本人の希望が受け入れられ、チームから温かいサポートを継続的に受けてきた。それ自体がチームから必要とされていることの証であり、復帰後もさすがと思える決定力を随所に誇示している。今後、心身がさらに安定すれば、長いNBAキャリアを過ごしていくことは十分に可能なはずだ。
一方、厳しい立場から何度も這い上がってきた渡邊も、昨年12月13日のサクラメント・キングス戦でNBAでは初のダブルダブル達成、同26日のクリーブランド・キャバリアーズ戦では自己最多の26得点といったハイライトを演出してきた。ドラフト外でリーグ入りした選手ながら、十分にローテーションに定着できるだけの力量を示してきたと言っていい。好調時に新型コロナウイルスの陽性反応が出たのは不運だったが、そんな最新のアクシデントの後でも、本人は「NBAのレベルでやれる実力はついていると思う」と揺るぎない自信を語っている。
「こうやって日本人が2人、同じコートにこういう大きい舞台で立てるっていうのはすごい嬉しいことですし、誇りに思うこと。これからも僕もNBAのコートに立ち続けようと思っていますし、彼もそういう風にやっていくと思う。2人で頑張っていきたいなと思います」。
2年ぶり2度目の日本人対決を終え、八村が残した言葉はシンプルだが、実感がこもって響いてきた。
歴史が生まれる瞬間は華やかだが、継続するのは難しく、それゆえに価値がある。八村にとってルーキーシーズンだった2019年の初対戦時よりも、渡邊と八村が互いに年齢を重ね、ここでまた対峙できたことにより大きな意味がある。だからこそ、2人がワシントンDCで対峙した時間は特別だったのだ。
“The Chosen One”(選ばれし者)と“Black Samurai”(ブラックサムライ)にとって、次のステップはより重要な役割でコートに立つこと。もちろん世界最高のリーグでそれを成し遂げるのは今後も容易ではないが、この2人ならきっとこれから先もNBAで生き残り続け、一緒に歴史を重ねていける。
親友であり、ライバルでもある2人の2度目のマッチアップは、またひとつの大事な通過点。短い時間内でも充実していたプレイと、試合前後の両者の爽やかな笑顔は、今後にさらなる期待感を感じさせるのに十分だった。