大晦日決戦「RIZIN(ライジン) vs. Bellator(ベラトール)全面対抗戦」が世界に注目されている。総合格闘技というジャンルにおける日本人ファイターと世界の強豪たちとの戦いは、1990年代末期から2000年代にかけて大きな黄金期を迎えていた。
当時の伝説的な日本人ファイターの試合のなかからトップ5と言える激闘を、本誌格闘技エキスパート、ダニエル・ヤノフスキー(Daniel Yanofsky)記者が振り返る。
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1976年、アントニオ猪木 vs. モハメド・アリ戦が行われた。格闘技というスポーツの歴史において最も偉大なふたりのファイター(ひとりはプロレスラー、ひとりはプロボクサー)が激突したこの一戦は、「総合格闘技の先駆け」とも考えられている。
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総合格闘技という競技は、長年にわたって数多くの名勝負を生み出してきた。スタイルの違いはときに対戦を面白くもつまらなくもする。 トップ選手同士の戦いになるとなおさらだ。団体の枠を越えた対戦や独立イベントなど、もはやクラシックと呼べる歴史的な出来事をいくつも振り返ることができるだろう。
12月31日、『RIZIN』と『Bellator MMA』が手を組み、究極の対抗戦を開催する。さいたまスーパーアリーナにおいて、RIZINとBellatorからそれぞれのトップファイターたちが団体の威信をかけて激突するのだ。今回は静岡県を拠点にする日系ブラジル人のクレベル・コイケがパトリシオ・ピットブル、同じくホベルト・サトシ・ソウザがA.J.マッキーを迎え撃つが、これまでに日本 vs. 世界の構図で行われた名勝負に比較すると、果たしてどれだけのインパクトを残すことができるのだろうか。
スポーティングニュースでは、日本における総合格闘技の黄金期を彩った『PRIDE』時代にまで遡り、伝説的な日本人ファイターたちが世界の強敵に挑んだ、5つの名勝負を選んでみた。
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ニック・ディアス vs. 五味隆典(PRIDE.33)- 2007年2月24日
ニック・ディアス(米国)がPRIDEの舞台で戦った唯一の試合である。カリフォルニア州ストックトン出身のディアズは、2007年に当時日本が誇るPRIDEライト級王者の五味隆典と対戦した。
この両者の戦いは、開始ゴングが鳴った直後から期待を裏切らない激しい打ち合いとなった。グラウンドでもスタンディングでも、攻防が止まることはなかった。五味が1ラウンド目に右パンチでダウンを奪ったが、その後はディアズが優勢に試合を進めた。ディアズは五味の懸命な防御をかいくぐり、パンチを浴びせ続けた。そしてディアズは世界を驚かせたゴゴプラッタ(踵締め)で五味をタップアウトに追い込んだ。
この試合結果はのちにノーコンテストに変更された。ディアズがマリファナ検査で陽性となったためである。それでも、この試合の結末が与えた衝撃を多くの人が記憶に留めているだろう。
エメリヤーエンコ・ヒョードル vs. 藤田和之(PRIDE.26)- 2003年6月8日
2003年当時、14勝1敗を記録していたエメリヤーエンコ・ヒョードル(ロシア)は、すでに伝説的なファイターだった。PRIDEヘビー級王者のヒョードルが、新日本プロレス出身の藤田和之と戦った『PRIDE.26』での対戦は、戦前の予想ではヒョードルが圧倒的に有利だと見られていた。しかし、ヒョードルはそのキャリアで最も厳しい戦いを強いられることになった。
試合開始直後に藤田が右フックでヒョードルをぐらつかせた。しかし、藤田は前半の優勢を保つことはできなかった。立ち直ったヒョードルはコンビネーション攻撃で藤田を追い詰めた。藤田はヒョードルをグラウンドに引き込もうとしたが、ヒョードルは崩れなかった。そしてヒョードルは強烈なキックを藤田に見舞ったあと、最後はチョークスリーパーで1本勝ちを収めた。
それほど長い試合にはならなかったが、 ヒョードルが思わぬ苦戦を強いられたことだけでも当時は衝撃的なニュースであった。
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桜庭和志 vs. ホイラー・グレイシー(PRIDE.8)- 1999年11月21日
世界柔術選手権4連覇を達成したホイラー・グレイシー(ブラジル)は、のちに「グレイシー・ハンター」と呼ばれることになる桜庭和志の最初の犠牲者となった。1999年の『PRIDE.8』でのことだ。
桜庭はダブルリストロックでホイラーを破った。この関節技はキムラロックとも呼ばれている。桜庭は体重で約13.6キロ重く、それが有利に働いた。ホイラーは立った状態からのテイクダウンや打撃に対して意外に脆いことも明らかになった。桜庭はホイラーにダメージを与え、反撃のチャンスを与えなかった。
結果、桜庭はグレイシー一族から総合格闘技ルールで勝利した初めてのファイターとなった。当時そのことは大きなニュースだった。その後の桜庭は、後述のホイスを含め、グレイシー一族のファイターを4人続けて破ることになる。
ドン・フライ vs. 高山善廣(PRIDE.21)- 2002年6月23日
ドン・フライ(米国) vs. 高山善廣の一戦は、総合格闘技の歴史でも1、2を争うほどの壮絶な戦いとして知られている。
UFC殿堂入りファイターのフライは、元IWGPヘビー級王者の高山と『PRIDE.21』で激突した。総合格闘技ファイターとプロレスラーの戦いという伝統的な一戦だった。試合はまるでアイスホッケーの乱闘のように、互いに首に片手をかけてノーガードを顔面で殴り合う形で始まった。観客は騒然となった。
両者の殴り合いはしばらく続いたが、徐々にフライが優勢となった。蹴りや肘による打撃も飛び交い、試合は凄惨さを増していった。高山がフライをグラウンドに引きもうとすると、逆にフライが上になった。最後はマウントパンチの連発でレフリーストップとなり、フライのTKO勝ちが宣せられた。
それぞれの意地がぶつかり合った試合だった。終了後は両者が互いを称えあい、ファンにとっては生涯忘れられない戦いとなった。
桜庭和志 vs. ホイス・グレイシー(PRIDE GRANDPRIX 2000 決勝戦)- 2000年5月1日
ホイラー戦で打倒グレイシーを果たした桜庭の快進撃は続いた。
桜庭和志 vs. グレイシー一族の戦いはもはや伝説である。『PRIDE.1』において、桜庭の師匠筋でもある髙田延彦がヒクソン・グレイシー(ブラジル)に敗れて以来、桜庭はグレイシー一族に強烈な敵愾心を燃やし続けた。
UWFから引き継がれたシュートスタイルで戦うプロレスラーとして、桜庭は東京ドームに3万8000人を越える大観衆の前でホイス・グレイシー(ブラジル)と対峙した。この試合はPRIDE無差別級グランプリのトーナメント準々決勝でもあった。15分6ラウンドに延長3ラウンドを加え、レフリーによるストップはなしという(グレイシー一族が要求した)変則ルールで行われた。結局、この試合は90分ほど続き、総合格闘技の歴史でも最長試合に数えられる。
桜庭は試合開始直後から一貫してホイスの両脚に攻撃を集中した。桜庭にとって、この試合はトーナメントより重要だった。6ラウンド終了後、ホイスの両脚はダメージが大きく、ホリオン・グレイシーがタオルをリングに投げ入れ、試合は決着した。
この試合はPRIDEのみならず総合格闘技の歴史において、最も偉大な試合のひとつだと考えられている。ホイスを総合格闘技ルールで破った最初のファイターとなった桜庭は、いよいよ「グレイシー・ハンター」として知られるようになった。
原文:Bellator MMA vs. RIZIN: Top MMA fights featuring Japan vs. the world
翻訳:角谷剛
編集:スポーティングニュース日本版編集部
※本記事は、英語記事を翻訳、再編集・追記した日本向け記事となる。
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