なぜMLBロックアウトが起こったのか…その背景と予想される今後の展開

2021-12-06
読了時間 約4分

野球ファンにとって、避けることのできない事態が到来してしまった。MLBオーナーと選手たちの間で交わされる包括的労使協定が失効し、そのときリーグの活動が停止してしまうだろう、との懸念は既に数年前から多くの関係者たちが抱いていた。

オフシーズンが中断してしまう事態を避けるためには、双方からの大きな譲歩が必要だった。そしてどちらも最後の瞬間まで妥協することはないだろうと思われた。事実を述べるとすれば、最後の瞬間とは12月2日ではない。

米国東海岸時間12月1日午後11時59分(日本時間12月2日午後1時59分)、MLBの包括的労使協定は失効し、26年振りとなる活動停止が始まった。

 

なぜMLBのロックアウトが起こるのか?

要点:2016年にMLBのオーナーたちとMLB選手会が結んだ包括的労使協定の有効期間は4年間であり、米国東海岸時間12月1日午後11時59分(同12月2日午後1時59分)に失効した。期限までに新たな合意に達しなかったため、オーナーたちには基本的に2つの選択肢がある。1つは失効した合意に基づいて普段通りのビジネスを続行しながら、選手会との交渉を続けて、将来的などこかのタイミングで新たな合意に達することを祈ること。もう1つは、ロックダウンを実行し、双方にとっての緊急事態を作り上げて、交渉の早期解決を促すことだ。

*訳者注:MLBコミッショナーのロブ・マンフレッド氏は公式サイトでロックアウトを選択したことを既に発表した ( https://www.mlb.com/news/featured/a-letter-to-baseball-fans )。

MLBコミッショナーのロブ・マンフレッド氏は11月中旬に以下の発言をしたことを『The Athletic』が報じている。

「私たちはかつてもこの道を通ったことがあります。1989-90年にロックアウトを実行しました。1994年にも(交渉を続けるために)その道を選択しました。その選択は誰にとっても良くないものだったと私は考えています。他のスポーツを見ると、労使問題によってシーズンが中断される事態をなるべく防ぐためのパターンができてきています」

ロックアウト期間中、フリーエージェントの選手は契約を結ぶことはできず、トレードも成立しない。選手たちはすべての球団施設に立ち入ることができなくなる。それは特に故障から復帰を目指してリハビリ中の選手には大きな問題になる。基本的に、球団に雇用された選手以外のすべての職員は、選手といかなるコミュニケーションも取ることができなくなる。まだフリーエージェント市場に未契約で残っている選手やトレードを希望している選手は(特にオークランド・アスレチックスとボストン・レッドソックスに多いが)、放置された場所で身動きができなくなる。そして、戦力補強が11月中に終わっていない球団(例えばニューヨーク・ヤンキースとフィラデルフィア・フィリーズ)は欲しい選手の名前を内部で口にすることはできても、実際に交渉を進めることは何もできなくなる。

 

MLB選手会が求めるものは何か

サイヤング賞を3回受賞したマックス・シャーザーはMLB選手会の8人からなる代表委員の1人でもある。そのシャーザーがかつて『The Athletic』にこう語ったことがある。

「包括的労使協定が競争の問題と若い選手の報酬を完全に解決しようとしない限り、私はそれに署名しない」

競争の問題とは何か。それは「Tanking」という言葉に象徴される(訳者注:「Tanking」はスポーツで使われる場合、試合で本気を出さなかったり、途中で勝負を投げだしたり、諦めたりすることを意味する)。

あまりにも多くのチームがあるシーズンを本気で勝とうとしていない。そして、それは誰が責められるべきなのだろうか。チームの主力選手を手放すことで、チームは年俸支出を削減できるだけではなく、リーグ最低保証年俸の選手たちを使ってシーズンに105敗することができる。そうすると、来年の新人ドラフト会議で高い順位指名権が手に入るのだ。負けることを容認するということは、まだチームに貢献する力を持ったベテラン選手たちの居場所を少なくしてしまっている。もしシーズンにたった70勝することだけを目標にするなら、年俸6500万ドル(約7億円)のフリーエージェント選手を雇うより、57万ドル(約6千万円)のルーキー選手を使う方が賢明な判断にならないか。だからこそ、選手たちは「Tanking」を歓迎しないのだ。

若い選手たちの報酬に関してはこうだ。ほとんどの選手は3年目のシーズンが終了するまで年俸調停の資格を得られない。フリーエージェントの資格を得るには在籍6シーズンが条件となる。チームは基本的に最初の3年間は完全に選手を支配下におくことができる。そして年俸調停は厳しい交渉である。その結果として、選手たちの報酬はオープンな市場で主張できる額よりはるかに安く抑えられる。もっとも簡単な解決策は年俸調停とフリーエージェントの資格を得るまでの年数を短くすることであるが、オーナーたちはそれを歓迎しない。

他にもある。MLB選手会は年俸額に上限を定めることにもちろん反対しているが、ぜいたく税もここ5~6年の増収に見合っただけの上昇を望んでいる。メジャー在籍期間を操作することは選手たちにとっては「姑息な」手段であり、これを禁ずる条項を希望するだろう。

 

MLB機構が求めるものは何か

オーナーたちは過去にあったいくつかの包括的労使協定に関する交渉で勝利を収めてきた。それはどちらの側も認めるだろう。従って、オーナーたちの最大の目標は現行路線を進むことだ。最大の争点の1つはプレーオフ拡張である。プレーオフに出場するチーム数と試合数を増やすことは、球場収入とテレビ局との放映権収入の大幅な増収を意味する。新型コロナウイルスの影響で短縮された2020年シーズンに、オーナーたちはその旨味を知ってしまった。そのときはスタンドが無観客で試合は行われ、入場券や球場内売店売上がなかったにもかかわらずだ。あの年のような16チーム制が復活することはないだろうが、オーナーたちが現行の10チーム制から14チーム、少なくとも12チームへ増やすよう要求することは予想に難くない。

いつでもオーナーたちは選手に支払う年俸を安く抑えたいと思っている。しかし、「金満」チームと「貧乏」チームの間では微妙な違いが生じている。何人かのオーナーはカネに糸目をつけずに、フリーエージェント市場から狙った選手をかき集める。底辺にいるオーナーたちはそうした行動を防ぎたいと願う。そうでないと良い選手たちの価格が上がる一方だからだ。野球殿堂入りを果たしたトム・グラビンが1994-95年のストライキ期間中に下のような発言をしたことを覚えているだろうか?

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「この前のストライキ期間中、私たちはけっして今以上のカネを要求したわけではない。これ以上カネを払ってくれとはけっして要求しなかった。私たちはただサラリーに上限を定めることに反対だったのだ。オーナーは私たちに払いたい分だけ払えばいい。しかし、彼らが自由な環境下では得られない人工的な抑制システムを手にすることには反対だった」

 

双方が求めるものとは何か

数は少ないが、共通となる交渉の余地はある。どちらの側もナショナル・リーグに指名打者(DH)制を完全な形で導入を望んでいることは、言及するに足るだろう。これは次の包括的労使協定に含まれるであろうことは、これまでにも長い間予想されてきた。そのコンセプトは「世界共通のDH制」と呼ばれてきた。野球界とは大げさな表現を好むのだ(例えば、北米にあるチームだけでタイトルを争うシリーズを「ワールド」シリーズと呼ぶように)。

ナショナル・リーグのオーナーたちにとっては、投手の代わりに本当の打者を打席に送ることができることは魅力的に写る。それによって攻撃力が増し、試合が面白くなると思えるからだ。そして、高額の年俸を払っている投手が打席や走塁で負傷してしまい、故障者リスト入りするような受け入れがたいシナリオも回避できる。

MLB選手会にとっては、基本的には15人の雇用が増えることを意味する。すべてのチームがDH専門の打者を雇うとは限らないが、それでもオーナーたちがオフシーズン中やトレード期限にチームを編成する際、DH選手たちもそれに含まれることにはなる。

それでは、なぜ現在まで世界共通のDH制が実現していないのだろうか? 双方の側が望んでいるにもかかわらず、それはまだ交渉の対象であるからだ。短縮された2020年シーズンでは、ナショナル・リーグでもDH制が採用された。主に選手の安全に関する配慮だった。2021年シーズンにそれが採用されなかったのは、オーナーたちが交渉のカードに使おうとしたからだと報じられた。そして包括的労使協定の交渉が進むにつれ、選手たちはこれを唯一の要求のように扱うことを望まなかった。

 

MLBシーズン中止はあり得るか?

その可能性は極めて低いと思われる。解決するべき問題は多いが、どちらの側にもそれほどまでも(率直に言って)愚かな行動に出る理由が見当たらないからだ。1994年の争議では、オーナー側は選手の年俸に上限を設けようとし、選手たちはそれを完全に拒否した。どちらも譲ろうとはしなかった(周知の通り、最終的に上限なしの合意に達した)。今回はそのような案件はない。

そして、どちらの側もたとえ数試合でも失うことを避けると決めているようだ。ましてやシーズン全体の中止は考えにくい。マンフレッド氏は11月に報道陣に対して包括的労使協定の失効に伴うロックアウトの可能性については言及したが、そのときもこう述べている。「それはシーズンへのダメージを避けるために行うことだ」

 

ロックアウトが終了するのはいつか?

これはより現実的な質問だ。すぐに解決するとは思わない方がいい。包括的労使協定の失効より数日前からフリーエージェント市場で大型契約が相次いだことは、双方が長い冷戦に突入する準備をしていることの明白な兆候であったと言える。もしクリスマス前にロックアウトが解除されたとしたら衝撃的であるし、それどころか1月末の2022年度野球殿堂入り投票の結果公表までにそれが起きても、嬉しい驚きと言うべきである。

投手と捕手たちは2月中旬には春季トレーニングキャンプに集まることになっている(カウントダウンは既に始まっている!)。仮にキャンプ期間を短縮するとしても、その時点かすぐ後には交渉は妥結していなくてはならない。もし3月にずれ込むようなことがあれば、レギュラーシーズンが短縮されるか、あるいは3月31日のレギュラーシーズン開幕日が後ろ倒しになるだろう。

1990年のロックアウトを例に挙げてみよう。包括的労使協定は1989年12月31日に失効し、オーナーたちは2月15日にロックアウトを開始した。最終的には3月19日に合意は達成された。春季トレーニングは大幅に短縮され、シーズンは1週間遅れの4月9日に開幕した。

今回の状況はそれとは大きく異なる。2020年シーズンが短縮され、しかも無観客で行われたため、オーナーたちの収益(入場料、その他)は大幅に減少した。そのため、オーナーたちは春季オープン戦からの収入がなくなることを避けようとするに違いないからだ。

 

最後にMLB活動停止が行われたのはいつか?

ずいぶんと昔のように感じるだろう。最後の活動停止は選手たちのストライキによって1994年のワールドシリーズが中止となり、1995年のレギュラーシーズンが144試合に短縮されたときまで遡る。これは野球の歴史の中でも、間違いなく最悪の労働争議だったが、唯一の出来事であったわけではない。最初のロックアウトは1972年に起きている。

 

ロックアウトとストライキの違いとは何か?

ロックアウトとはオーナー側が「あなたが新しい契約に合意するまでは、あなたは私たちのために仕事をすることはできない」と言うことだ。ストライキとは労働者(この場合は選手)が「あなたが新しい契約に合意するまでは、私たちはあなたのために仕事をしない」と言うことだ。

(翻訳:角谷剛)

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