6月30日の夕方、ボストンは雷雨に襲われた。その為、現地時間午後7時5分に予定されていたカンザスシティ・ロイヤルズ対ボストン・レッドソックス戦の試合開始が30分ほど遅れることになった。
選手たちにとっては、この遅延はある機会を与えてくれた。
ロイヤルズのウィット・メリフィールド2塁手はスポーティングニュースにこう話した。「もうすぐフィールドに出ていくところだった。だけど皆立ち止まって、テレビを視に行った。彼の最初の打席だったからさ」
誰が打席に立っていたのか? 大谷翔平である。
このロサンゼルス・エンゼルスのスターは最後まで怪我なく、また球団からフルで起用され、メジャーリーグの舞台で打者としても投手としてもスーパースター級の活躍をするという自身の夢を全力で追いかけていた。その日の大谷はまさに今シーズンで最高の状態にあり、ニューヨーク・ヤンキースとの3連戦最終日を迎えていた。それ以前の13試合で打ったホームランは11本を数え、その中にはヤンキー・スタジアムでの最初の2試合で打った3本が含まれていた。しかもその夜、大谷は投手としても先発したのだ。直近で先発した2試合合計で12回を投げ、14個の三振を奪っていた。
そう、だからこそ、ロイヤルズの選手たちは降雨がもたらした機会を逃さず、テレビの前に群がったのだ。
「皆が大谷にホームランを打つことを期待していたね。6月にある打者が打席に立っただけで、20人のメジャーリーガーが足を止めて見入るなんてことはめったにないよ。だけど打席にいたのは大谷だったから、僕らは見逃したくはなかった。多くの人が大谷を注目している。毎日のプレッシャーは計り知れない。その中であれだけのことをやり続けるなんて、信じられない、という言葉では言い表せない」とメリフィールドは言った。
我々メディア関係者が書いたり話したりしたどんな言葉よりも、MLB選手仲間の1人であるメリフィールドが語った事実談こそが大谷の凄さを物語る。そしてメリフィールドだけではない。
2020年ナショナル・リーグ最優秀選手(MVP)のフレディ・フリーマン一塁手(アトランタ・ブレーブス)はスポーティングニュースにこう話した。「野球ファンの1人として、大谷が毎日成し遂げていることを見ることができるなら、ただもう立ち止まって、見入るしかないよ。そして大谷がいかに凄いかが分かる。こんなことはもう2度と起こらないだろうね」
このような多くのストーリーと称賛の声は、2021年スポーティングニュースMLB最優秀選手に大谷が選出された大きな理由の1つだった。この賞の歴史は1936年に遡り、そして常にMLB選手間だけの投票で受賞者が選ばれてきた。
選手たちは何が特別かを知っている。そして大谷が持つ特別さを見出したのだ。
エンゼルスのジョー・マドン監督はスポーティングニュースにこう話した。「実際にプレイしたことがないと、大谷がやっていることの意味が理解できないかもしれないな。それがどれほど大変なことで、どれだけ群を抜いているのか、そして信じられないことなのか、選手たちはよく理解している。だから大谷がこの賞に選ばれたのさ」
大谷の得票率は56%だった。2位になったのはトロント・ブルージェイズの強打者ブラディミール・ゲレーロ・ジュニアだ。ゲレーロは例年ならこの賞に相応しいだけのシーズン成績を残したが、得票率29.3%で2位だった。それ以外に4.3%以上の票を得た選手はいない。
比較するべき選手はいるか
大谷を二刀流選手として適切に表現する言葉を探すことは常に困難だった。なぜなら大谷が2021年に達成したことに近い例は他に類がなく、比較の仕様がないからだ。
近代野球では、リック・アンキールが2000年に投手として194個の三振を奪い、2008年には打者として25本のホームランを打った。だが同じ年に投手と打者の両方であったことはない。マイケル・ローレンゼンとブルックス・キーシュニックの2人は同シーズンで外野手と救援投手の2役をこなしたことがある。だが大谷が挙げた投打の成績のレベルには遠く及ばないものだった。
多くの読者は大谷について語るときに持ち出される名前をすでに知っているだろう。ベーブ・ルースである。
「野球に関するどんな話でも、ベーブ・ルースと並び称されるってことだけで凄いことだよ」とエンゼルス監督ジョー・マドンは言った。
1914年、19歳だったルースはレッドソックスに入団した。そして1915年にはもう一流投手としての評価を得た。1915年から1917年までの間、ルースは867回2/3を投げ、防御率は2.02 だった。それだけではなく、打者としても非凡なものがあることは明らかだった。1918年は投手として19試合に先発登板し、野手として70試合に先発出場し、リーグトップとなる11本のホームランを打った。1919年は二刀流としてほぼフルに活躍した唯一のシーズンだった。投手として15試合に先発登板し、野手として111試合に先発出場したのだ。そのオフシーズンにレッドソックスはニューヨーク・ヤンキースに売り渡した。呪いのせいだろうか? ヤンキースはルースに投手としての役を終わらせた。その後のキャリアでわずかに5試合しか投手としては出場していない。
ルースの1919年と大谷の2021年を見比べてみよう。
投手として:
ルース: 17 試合, 防御率2.97, 133 回1/3, 被安打148, 与四死球58, 奪三振30, FIP 3.58, WHIP 1.545, bWAR 0.8
大谷: 23 試合, 防御率3.18, 130回 1/3, 被安打98, 与四死球44, 奪三振156, FIP 3.52, WHIP 1.090, bWAR 4.1
打者として:
ルース: 543 打席, ホームラン29, 打点113, 3塁打12, 打率.322/出塁率.456/長打率.657, OPS+ 217, 盗塁7, bWAR 9.1
大谷: 639 打席, ホームラン46, 打点100, 3塁打8, 打率.257/出塁率.372/長打率.592, OPS+ 158, 盗塁26, bWAR 4.9
時代による違いはあるが、似通ったシーズン成績ではないだろうか。大谷の方がホームラン数は多いが、ルースの29本はその当時のMLBシーズン最多記録であったことを忘れてはならない。そして翌1920年には、ルースは野手としてフル出場し、自身の記録を大幅に更新する54本のホームランを打った。
ルース以外には誰かいるか? 比較するべき選手はいない。
メジャーリーグのレベルでは、ということではあるが。
「リトルリーグや高校か大学での話なら、チームで一番の選手は何でもする。だけど大谷はそれをメジャーリーグでやっているのだ。普通なら、リトルリーグや高校か大学でやることをね。それにもし誰かがそれをやったとしても、彼らは毎日プレイするわけではない。せいぜい週に2試合くらいあるだけで、その間に休むことができる。大谷は休みなしなのだよ」とマドンは言った。
耐久性は見落としてはならない要素だ。MLBにデビューした2018年、大谷は投手として10試合に先発登板し、そのどの試合でも打席には立たなかった。さらに登板する前日と翌日の試合に出場しないことが多かった。必ずしも大谷本人がそう望んだわけではなく、エンゼルスの方針がそうなっていたのだ。なぜなら、投手と打者の両方でスター級の選手を適切に扱うマニュアルなど、どこにも存在しなかったからだ。トミージョン手術を受けた後、2019年は一度も登板せず、2020年は僅か2試合だけに先発登板した。
エンゼルスは2021年シーズン前に、異なる方針で臨むことを明らかにした。マドンとペリー・ミナシアンGMは大谷の制限を外し、投手として出場する試合は打席にも立ち、それ以外の日は基本的に指名打者(DH)として毎日出場させることにしたのだ。やらなかったことと言えば、DH制がないナショナル・リーグ本拠地での交流試合で野手として先発出場まではさせなかったくらいだ。それでも代打としては何回か出場した。最終的にはシーズン全162試合のうち、155試合に出場した。
「春季キャンプでそのことを大谷と話したとき、それだけの数の試合を休みなしで出場するとは思わなかったよ。休みの日があると思っていた。大谷が出場した試合数、そして耐久力と持久力のレベルは信じられないものだ。大谷も私も、あのときはシーズン末にこれほどになるとは思いもしなかったね。信じられないよ」とマドンは笑いながら言った。
休息はなかった。必要ではなかったからだ。2018年にはなかった速球のコントロールはあったが。
「監督に就任して、大谷を初めて見た時から、速球のコントロールさえあれば、大活躍するに違いないと話してきた。大谷は他の変化球も良いけど、速球のコントロールが定まらないと、それほどの効果は生まれない。その通りになっただろう」とマドンは言った。
スピードについても忘れてはならない。大谷が26個の盗塁をするとは誰も予想しなかったのではないか。これはアメリカン・リーグで5位の数字である。
「大谷のスピードについて言うなら、ただのゴロでも内野安打にしてしまうかもと思わせるものがある。盗塁もそうだけど、これは大谷が持って生まれた才能の1つだろうね。盗塁をしたがるのさ。それが試合に勝つためにチームに貢献することだと、大谷は本当に信じている。同じ日に投手としても打者としても出場したがるのは、それがチームの勝利に役立つと考えているからだ。大谷はいつもチームのことを口にする。自分の成績について話すのを聞いたことがないと思うよ。もちろん個人成績のことを考えていないわけではないだろうけど、大谷はいつも謙虚で誠実だし、最大のモチベーションはチームにあるのだと思う」とマドンは言った。
「ただただ信じられない」
2021年オールスター・ゲームは大谷翔平ショーのようなものだった。タンパベイ・レイズのケビン・キャッシュ監督は大谷をアメリカン・リーグの先発投手に選び、さらにトップバッターとして打線に置いた。それに大谷はホームランダービーにも参加したのだ。
オールスターが行われたデンバーで、選手たちが大谷をどう見ているかが明らかになった。
「大谷がやっていることを人々が理解してくれることを願うよ。だって、それは信じられないくらいハードなことなのだから。大谷はどうやって投手も打者もできるのか、見当もつかない。僕はバットを振るだけで疲れるって言うのに、大谷は両方やろうとしていて、しかもそれはとても高いレベルだ。凄いことだよ」と前述のフリーマンは言った。
ワシントン・ナショナルズのスター選手フアン・ソト もこう話す。「大谷は何でもできる。彼が今シーズンやっていることは、ただただ信じられない」
プロのアスリートたちと長く接していると、彼らが義務感からリップサービスをすることは明らかだ。だが、大谷に向けられた称賛はそうではない。
「大抵の場合、人は過去の人物に畏敬の念を覚える。同時代の人間にそれを感じることは滅多にない。大谷はユニークだし、すべての称賛に値する。この賞に相応しい。今シーズンは多くの賞を受賞するだろう」とマドンは言った。
大谷がこの賞を勝ち取ったことは驚くべきことではない。クラブハウスのテレビで大谷を見たがり、そしてオールスターで大谷に会うことに胸を躍らせた、そんな選手たちが投票者だったのだから。
(翻訳:角谷剛)