総合格闘技はときに残酷なスポーツになり得る。栄光からの転落が山頂へ駆け上がることと同じくらいにドラマティックになることもあるからだ。総合格闘技がスポーツ界においてメインストリームの位置を占めるようになってからまだ30年も経っていない。その間ずっと、MMAでは史上最高の総合格闘技者の称号を誰に与えるべきかという議論が止むことがなかった。
最強中の最強選手が見つかったと思われた矢先に、その選手が王座から追い落とされ、視界からも消え去ってしまう。ロンダ・ラウジーが地上最強のファイターであると思われた途端、ホリー・ホルムとアマンダ・ヌネスが現れ、人々はそもそもラウジーが良いファイターであったかどうかさえも疑問視するようになった。それと同じことがファブリシオ・ヴェウドゥム、エメリヤーエンコ・ヒョードル、タイロン・ウッドリー、ジョゼ・アルド、アンソニー・ペティス、クリス・ワイドマン、アンデウソン・シウバ、デメトリアス・ジョンソンらを始めとして、偉大なファイターとしてのかつての評価を奪い取られた選手は枚挙にいとまがない。
我々は今コナー・マクレガーにも同じものを見ている。
UFC最大のスターであり、史上初めて同時に2階級世界王者になったマクレガーがUFC257のメインイベントでダスティン・ポイエーにノックアウトされた。マクレガーは過去3戦で2敗目であり、2015年にアルドを衝撃的な1ラウンドKOで下して以来の戦績は3勝3敗である。
そこで疑問が生じる。コナー・マクレガーはどれだけ優れたファイターなのか? このアイルランド人ファイターはキャリアを通して革新的であり続けているが、その成功の陰でどれだけ適切な相手と適切なときに戦ってきたと言えるだろうか?
マクレガーが成し遂げてきた偉業が消え去るわけではない。17連勝中だったアルドをたった1発のパンチでノックアウトしたことはけっして過小評価されてはならない。しかしながら、このMMAというスポーツそのものが偶発性に満ちており、そのような衝撃的な結末はしばしば起こる出来事でもある。
ジョルジュ・サンピエールはマット・セラに衝撃的な番狂わせで敗れた。だがサンピエールが翌年に行われた再戦で雪辱を果たすと、セラの名前は話題にすら上らなくなった。サンピエールはその後一度も負けなかった。アルドはマクレガーに敗れた後、戦績を4勝5敗と急激に勢いを落とし、自身の評価を再浮上させる機会を掴むことができなかった。当然、パウンド・フォー・パウンドの議論からも転げ落ちてしまった。
マクレガーもこのままでは彼らと同じ運命を辿ることになるかもしれない。
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MMAはファイターたちにとって酷であるのは、このスポーツには復活のためのチューンアップ戦という概念がないことだ。ボクシングではある選手が比較的容易な対戦相手を選んで徐々に復活の階段を上ることを許しているが、MMAでは敗者となった選手に次戦ですぐに別の手強い相手との対戦を迫る。
マクレガーに敗れた後でアルドが対戦したのはフランク・エドガー、マックス・ホロウェイ(2回)、ジェレミー・スティーブンス、ヘナート・モイカノ、そしてアレクサンダー・ヴォルカノフスキーだ。シルバは2013年にワイドマンにノックアウト負けを喫するまでは史上最強ファイターであると見なされていた。シルバのその後の対戦相手はワイドマン、ニック・ディアズ、マイケル・ビスピン、そしてダニエル・コーミエだ。
マクレガーは微妙な立場にいる。過去6試合で3勝3敗という戦績はもちろん偉大と呼べるものではない。特にその3敗すべてがタップアウトもしくはKO負けであることの意味は大きい。なかでも明白な汚点というべきはネイト・ディアズにサブミッションで敗れた試合だろう。ディアズは人気者ではあったが、世界王者になったことはなく、キャリアを通して平均より少し上程度の選手だったからだ。この初戦は準備期間が短く、また不利な階級での対戦であったが、再戦はさらに接戦となった。マクレガーはその再戦で僅差ながらも勝利を手にした。
ハビブ・ヌルマゴメドフに負けたことは許容範囲だろう。なにしろこの元ライト級チャンピオンは無敗のまま引退したのだから。しかし、ポイエーに喫した2ラウンドKO負けは解答より多くの疑問を人々に投げかける結果になった。
ポイエーの現在までの戦績は素晴らしいが、それでも史上最高選手であるとの評価は聞いたことがない。6年前の初戦ではマクレガーはトラッシュ・トークを投げかけてポイエーをかっかさせることに成功したが、今回の試合前にはそのような心理戦は見られなかった。
マクレガーがアルドやエディー・アルバレスに対して行ったことに似ている。
マクレガーが得意とする心理戦はそれに慣れた挑戦者たちにはもはや通用しなくなったのだろうか? そしてその要素がなくなってしまうと、マクレガーは単に平均以上のファイターであるに過ぎず、史上最高選手には相応しくないのだろうか?
あるいはそうかもしれない。
もちろん、マクレガーはまだ32歳であり、揺るぎのない地位を築き上げるだけの時間は十分に残されている。ここでは決定的な裁定を下すわけではない。だが、史上最高選手と名選手を隔てる壁は非常に薄い。ジョン・ジョーンズ、サンピエール、ヌルマゴメドフ、ヌネス、ヒョードル、そしてシルバについても同じことが言える。
ジョーンズは2009年に物議を醸した疑念の失格負けを除けばオクタゴンで負けたことがない。13年間を絶対的な王者として君臨しており、その対戦相手には伝説に残る名前も多い。ヌルマゴメドフはライト級王者である間、1ラウンドさえ落としたことがない。シルバとヒョードルの2人はキャリア最盛期には絶対的王者として見られていた。シルバは6年間に渡ってまるでスパーリング・セッションに見えるような試合を続けたし、ヒョードルはヘビー級で9年間に渡って圧倒的な存在であり続けた。サンピエールは負けた相手に雪辱を果たし、その後敗れることはなかった。ヌネスはかつて女子MMAで偉大だと思われていた選手をことごとく破り、そしてまだキャリアの幕を下ろしてはいない。
マクレガーはそのように安定した成功を収めてはいない。
自己宣伝力に長けたマクレガーは莫大な経済的成功と並ぶものがいないスターとしての地位を手に入れた。だが、マクレガーがMMAで次の段階に進むためには、自身が偉大であるかどうかの疑問に答える必要がある。手にした大金を持って、このまま去っていくこともできるだろう。ラウジーと同じように、マクレガーがこのスポーツに大きなインパクトを与えたことは間違いないのだ。だが、マクレガーが今この世界から立ち去れば、史上最高選手の議論からは名前が消えることになる。
もしマクレガーが自身の伝説を大事に思うのであれば、まだ自分こそが史上最高選手であると証明するだけのチャンスは残されている。しかし、もしマクレガーがかつてケージに足を踏み入れた大勢の名選手たちと並び称されたいと望むなら、やり遂げなければいけないことは多くある。
マクレガーは過大評価されていたのか? 多分そうだろう。このスポーツはスーパースターの出現を望んでいたし、マクレガーがオクタゴンの中と外の両方でやり遂げたことは前例がなかったからだ。それはまた総合格闘技そのものがもつ偶発性を抜きにしては語れない。真に最高の選手しか、圧倒的な存在であり続けることはできないのだ。
今、マクレガーと呼ばれる流星は地上に落ち、他の死者らと競い合わなくてはいけない。
そしてそれはさほど悪くはない場所なのかもしれない。
(翻訳:角谷剛)