フルトン戦目前の井上尚弥はすでに日本ボクシング史上最高のボクサーか|7.25 有明アリーナ

2023-07-23
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時事通信

7月25日、井上尚弥が4階級制覇を目指し、WBC・WBO世界スーパーバンタム級王者スティーブン・フルトンに挑戦する。約10年のキャリアのなかで驚異的なKO劇を積み重ねてきた井上は世界的な評価も高いが、はたして歴代の日本人ボクサーのなかですでに最高の存在と言えるのか。

名門誌『The Ring』(リングマガジン)出身で本誌格闘技部門副編集長のトム・グレイが、井上の成長を注視してきた業界人のひとりとして、この世界的な議論にひとつの解釈を示す。

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井上尚弥は新旧の日本人世界王者を超える存在か

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パウンド・フォー・パウンド最強の呼び名が高い井上尚弥が、スーパーバンタム級に階級を上げ、いきなりWBC及びWBO同級王者のスティーブン・フルトンに挑戦する。7月25日の決戦の場となる東京・有明アリーナに世界中の格闘技ファンから熱い視線が注がれている。そんな井上をボクシング史における偉大なレジェンドたちと比較する議論もソーシャルメディアなどで世界的に盛んだ。

 

『ザ・モンスター』の異名を持つ井上は、2012年にプロデビューして以来、ボクシング界きってのノックアウト・アーチストへと成長を遂げてきた。3階級で世界王座を奪取し、4階級目を目指す過程の戦績は24戦無敗、21KOである。井上を苦しめた相手といえば、2019年に対戦した元5階級制覇王者のノニト・ドネアくらいである。しかし、生きる伝説とも称されるその『フィリピンの閃光』ですら、井上との再戦では2ラウンドTKOで完膚なきまでに敗れ去った。

井上は目にも止まらないスピード、強烈無比のパワー、そして完璧なテクニックを兼ね備えている。世界中のボクシングファンに、開いた口が塞がらないほどの衝撃を幾度も与え続けてきたことから、『小さなマイク・タイソン』と呼ばれることも多い。

ややもすると我々は井上を称賛するあまり、余計なプレッシャーを与えているのかもしれない。しかし、それはやむを得ない。ファンだけではなく、専門家も同じように興奮しているからだ。

「◯◯史上、だれが最高なのか」は、どの競技においても頻繁に問われる話題だ。ボクシングもその例に漏れない。アメリカンフットボール、バスケットボール、サッカー、ラグビー、テニス、ゴルフ、その他あらゆるスポーツで無数のファンが「史上最高の選手」(Greatest Of All Time=G.O.A.T.)についての議論を繰り返してきた。スポーツの歴史と同じくらい古く、そしていつも楽しい話題だ。

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それでは、ここで問いたい。井上尚弥は現時点で「日本ボクシング史上最高のボクサー」なのだろうか。

井上のこれまでの業績の数々は、輝かしい無敗記録と相まって、おそらく柴田国明、ガッツ石松、山中慎介らを上回るだろう。彼らはみな日本国内のみならず、トップレベルの栄光を勝ち取った偉大な世界王者たちである。

隆盛を極める現在の日本ボクシング界には井岡一翔、寺地拳四朗、中谷潤人など、輝かしい世界王者がひしめいている。そのなかでも、井上は頭ひとつ抜けた存在である。

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ただし、ファイティング原田と比べたときだけ、井上を「史上最高」と呼ぶべきかどうか慎重にならざるを得ない。

「黄金のバンタム」に唯一勝利したファイティング原田をも超えるのか

4団体統一という形でバンタム級に歴史を残した井上と同様、ファイティング原田(原田政彦、1943年4月5日生、オーソドックス)はかつてのバンタム級「黄金時代」に唯一無二の歴史的世界王者になった。1965年5月18日、原田が日本中の期待を背負って世界タイトルに挑戦したときの対戦相手は『黄金のバンタム』(Galinho de Ouro)ことエデル・ジョフレ(ブラジル)である。

ジョフレが原田と戦う前の戦績は47勝0敗3分け(37KO)だった。現在でもバンタム級の史上最高ボクサーとの揺るぎない評価がある伝説のボクサーだ。その試合で22歳だった原田は際どい判定でジョフレから勝利をもぎ取り、1962年10月のフライ級に続いての世界王座制覇をはたした。翌1966年5月31日の再戦ではふたたび原田が判定勝ちを収め、タイトル防衛に成功した。

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第1戦は王者ジョフレが圧倒的優位とされ、「原田は何回(ラウンド)まで持つか」というネガティブな予想がほとんどだったという。ゆえに無敵の王者を破った初戦の2−1の判定結果は議論を呼んだが、第2戦での3−0判定勝利でそうした声を払拭した。ジョフレは2度目の敗戦翌日に引退している。

その3年後に復帰し、フェザー級に転向して2階級を制覇したジョフレだが、全78戦72勝2敗4分け(50KO)という輝かしいキャリアのなかでついた黒星は原田に対する2敗のみだった。

バンタム級の象徴である『黄金のバンタム』を破り、今も語り継がれる「日本ボクシング最大の勝利」を挙げた原田は、日本人ボクサーとして史上初めて国際ボクシング殿堂入りしている。

こうした歴史的偉業に敬意を払い、今の段階で井上を史上最高とすることは慎むべきだろう。井上のキャリアはまだ3分の2ほどを過ぎたくらいだと思えるからだ。結末を語るにはまだ早い。だからこそ、比較するファイターが2人とも引退するまでは「史上最高」のコメントは禁句にするべきなのだ。

どちらにしても、この議論は意見の応酬で終わり、事実に基づいた検証は不可能である。

ひとつだけ確かなことは、井上のキャリアはここまでは完璧な軌道を描いている。フルトンに勝てば、その伝説はさらに大きくなる。あと5年ほど経てば、我々は『ザ・モンスター』の日本ボクシング史における位置を再確認できるだろう。

今はただ、井上のキャリアがどのように展開するかを楽しみに見守っていようではないか。

原文:Naoya Inoue vs Stephen Fulton: Where 'The Monster' ranks among Japan's greatest all-time boxers /Text by Tom Gray
翻訳:角谷剛
編集:スポーティングニュース日本語版編集部 神宮