プロボクシングの世界タイトル戦の交渉ではファイトマネーが何かと注目される。5月7日横浜アリーナでの試合が決まった井上尚弥のスーパーバンタム級転級初戦も、相手のWBC・WBO同級王者スティーブン・フルトン(米国)を含め、この階級では異例のファイトマネーになると明かされ話題となった。そしてその分配率は、挑戦者側が王者より低くなるのが常だが、人気選手ともなればその法則は絶対ではない。さらに統一戦、とくに4団体統一王座戦における王者同士の交渉では、保持するベルトの本数、人気、知名度、集客力…その条件やバランスが難しくなる。
まさにその問題によって交渉が難航していたのが、WBC世界ヘビー級王者タイソン・フューリー(英国) とWBAスーパー・IBF・WBO同級統一王者オレクサンドル・ウシク(ウクライナ)のヘビー級4団体統一王座戦だ。3本のベルトを持つウシク陣営が主張した「勝者60・敗者40」の分配率について、名門誌『The Ring』出身で本誌格闘技部門副編集長トム・グレイは「暴論」だと断じた。その理由とは?
ヘビー級世界4団体統一王座戦となるタイソン・フューリー vs. オレクサンドル・ウシクの交渉に終わりが見えない。それどころか、信じがたいことに状況はさらに悪化していた。
ウシクのプロモーターであるアレックス・クラシューク氏がつい最近ラジオのインタビューに登場し、ファイトマネーの分配方法について新たな提案をしたことを明らかにした。両陣営はこれについて交渉中とのことだ。
「私たちは最初、50対50に合意しました。しかし、その後、私たちは60対40なら合意することを明確にしました。勝者が60%を受け取るのです」とクラシューク氏は話した。
断言しよう。それは絶対に実現しない。4000万年後であれ、6000万年後であれ、である。
インドのスポーツ専門メディア『KreedOn』の記事によると、タイソンは世界で3番目に高収入を得ているファイターである。ウシクは10番目だ。34歳のフューリーは、2022年4月にディリアン・ホワイト(英国)を下した試合ではイギリス国内最多記録の観衆を動員した。
2023年3月10日:フューリーはファイトマネー分配について、70対30を望んでいると語った。
「私が認識している立場では、ウシク、あんたとあんたのチームは30%の価値がある。タイソン・フューリーは、オレクサンドル・ウシクとの試合の実現性において、70対30の分配率を望んでいることを、ひとつ上の立場から言わせて頂くぜ」
このように、互いの反論がソーシャルメディアを騒がしている。ここで私の意見を述べておきたい。
60対40分配率(勝者が60%)の主張が暴論であるわけ
主張#1:ウシクは3団体のベルトを保持し、フューリーは1団体のみである
反論:それは関係ない。
たとえウシクが50団体のベルトを保持していようが、あるいはシュガー・レイ・ロビンソン(1940~50年代前半に活躍した『拳聖』『オールタイム・パウンド・フォー・パウンド』と称される米国人レジェンドボクサー)のピンク・キャデラック(ロビンソンの代名詞だった愛車)を譲り受けていたとしても、だ。
ベルトの数と稼げるカネは必ずしも比例しない。
1980年10月、『ザ・グレーテスト』と呼ばれたモハメド・アリ(米国)は引退から復帰し、無謀にもラリー・ホームズ(米国)が保持していたWBC及びThe Ring誌ヘビー級世界王座に挑戦した。挑戦者のアリは無冠だったが、スーパースターとあって集客力だけは群を抜いていた。アリは800万ドルを保証するとのオファーを受け(実際に受け取ったのは710万ドルだったが、それはまた別の話だ)、一方の王者ホームズは300万ドルを受け取った。
ホームズは1982年にジェリー・クーニー相手のタイトル防衛戦でも50対50の分配率を受け入れなくてはならなかった。その時点でクーニーは、一度もタイトル戦を行ったことはなく、一方のホームズは12回目の防衛戦だった。しかし、白人のヘビー級ボクサーで強力な左フックを武器としたクーニーは人気者だったのだ。試合はホームズの13回TKO勝ちで終わったが、交渉期間中はずっと怒っていたと伝えられている。それも無理のない話だ。
ただ、これがボクシングのビジネスというものだ。何よりもカネが物を言うのだ。
主張#2:フューリーはかつて、タダでも戦うと発言した
反論:その話になることは分かっていた。
フューリーが馬鹿げた言動をすることは有名だ。実際のところ、WBCがそれを称えるためのベルトを用意しないことが驚きに値するくらいである。ジプシー・キング(フューリーの異名)はその分野(トラッシュトーカー)でも極めて秀でているのだ。
これはヘビー級世界4団体統一王座戦の交渉が最終段階に入っている、という話なのである。過去に誰がどのような発言をしたかなどは問題にはならない。そのようなことを誰が気にするだろうか。世界チャンピオンが嘘をついたなど、どうでもよいことなのだ(試合前の煽り文句でしかない)。
ところで、これもどうでもよいことではあるが、1月にウシクは「フューリーが栄誉よりカネを選んだ」と批判した。ウシクもタダでも戦うと言った。(結局これも)誰が気にするだろうか。
あとで思い出すために書き留めておいてほしい。もし有名なファイターがタダで仕事をすると発言したら、それを信じてはいけない。あなただって、タダで働きたいとは思わないだろう。
主張#3:ウシクはイギリス内で大きな集客力がある。
反論:どうやらどこかの界隈では、ウシクはペイパービュー(PPV)の怪物として暴れ回っていたようだ。歴史の捏造という意味では、これは傑作だ。
誤解のないように断っておくが、ウシクは私が世界で最も好むボクサーのひとりだ。多分、井上尚弥に次いで2番目だ。数年前には私自身、The Ring誌クルーザー級ベルトをこのウクライナの英雄に授与するという光栄な役を任せられたこともある。
しかし、ここではウシクについて厳しいことを述べなくてはならない。
2018年、ウシクは『ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ』(以下、WBSS)のクルーザー級トーナメントで優勝したが、それでも無名な存在のままだった。モスクワで行われた決勝戦でさえ、イギリスやアメリカの報道陣はほどんど姿を見せなかった。私は行こうとしたが、ビザの申請が間に合わなかった。
同じくWBSSの準々決勝でウシクがマルコ・フック(ドイツ)から勝利を収めた試合をイギリスのテレビ局は中継を途中でカットした。私がそのことで怒っていると、ある有名なアメリカのボクシング記者に不審がられたことを記憶している。「なんでそんなことが気になるのか」、彼の態度はそんな感じだった(ウシクへの関心・評価の低さが現れていた)。
ウシクがトニー・ベリュー(英国)と戦ったとき、欧州大手放送局『Sky』グループの『Sky Box Office』がPPVで放映した。ウシクは確かにこのイベントを成功へと導いた。そのことは認めよう。しかし、ベリューはイギリス人同士の遺恨試合となったデビッド・ヘイとの2連戦に連勝したあとで国内で人気が高かった。つまり、ベリューの方がイギリスを拠点としたPPVの数字に貢献したと見るべきだろう。
そしてウシクがイギリス国内で英国人ボクサー、たとえばデレック・チゾラと戦ったときなどはPPVの数字はまったく振るわなかった。
もっとも、これだけは最後に述べておかなくてはいけない。ウシクの直近2試合はPPVで極めて高い数字を挙げた。それは事実だ。ボクシングに詳しくない人のために説明すると、その直近2試合とはウシクがやはり英国人の元ヘビー級王者のアンソニー・ジョシュアを判定で下したときのことを指す。第1戦(2021年9月)はロンドンのトッテナム・ホットスパースタジアムに67000人の観衆を動員した。
しかし、蒸し返すようだが、観衆は果たしてウシクを観に来ていたのだろうか。2022年8月のウシクとジョシュアの再戦は、サウジアラビア王国が1億5000万ドルの巨費を投じて同国ジッダで行われた。これはジョシュアとも関係ない。ただハーリド・ビン・アブドゥルアズィーズ国王がウシク(と世界的に話題になる4団体統一戦)に興味を持っただけだ。
ウシクに英国内で大きな集客力ある、などという説について言えることは、冗談もほどほどにしてほしい、ということだ。
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フューリー vs. ウシクの公正なファイトマネー分配率とは
フューリーは直近の4試合でとてつもなく巨額の報酬を手にした。紛れも無い現代ボクシング界における主役であり、人気も集客力もはるかにウシクより優る。
ウシク陣営が主張する「勝者60・敗者40」ではなく、勝敗にかかわらずフューリー側が60%を受け取るといったところが妥当だろう。
もしウシクがこの試合に勝てば、再戦も60対40にしてウシクが60%を受け取ることにすれば、それが最も筋が通っている完璧な解決策のように思える。私はその決着がつくまでウシクを応援するだろう。
しかし、ウシク陣営があくまでも初戦で勝者が多くを受け取る、60対40の分配率に固執するようなら、この交渉はもはや終わりとするべきだ。
以上が本誌トム・グレイ記者の意見だが、ウシク自身がそういった意見を認識しているかは定かではないが、フューリーの要求する分配率を受け入れた可能性がある。
本記事(英語版オリジナル記事)の公開後、フューリーとウシクが、4月29日に英ロンドンのウェンブリー・スタジアムで対戦する条件に合意したと米スポーツメディア『ESPN』などが報じたのだ。フューリーの70対30分配率要求に対して、ウシクは自身のInstagramに「70対30分割で戦う。ただし、試合後に(未だ戦火にある)ウクライナへ100万ポンド(約1億6270万円)寄付することを約束してほしい」と動画で投稿。支払いが遅れた場合は毎日、総資産の1%の延滞金がかかるということも条件に付け加えていた。
実際の分配率については不明だが、両者のやり取りから、本誌グレイ記者が妥当性を提言したように、人気で優るフューリー陣営に対してウシク陣営が少ない分配率に同意したことで交渉が進んだと見て良いだろう。
スティーブン・フルトン vs. 井上尚弥戦も、王者フルトンが3億円以上に対し、現在無冠ながら世界的にも人気の挑戦者である井上側は自身過去最高の3億円以上(6億円説も)という報道もあったが、対戦報道が出てから合意に至るまで長い時間がかかった。ボクシング世界戦の交渉とはかくも難しきものである。
原文:Tyson Fury vs. Oleksandr Usyk purse split controversy: Why 60-40 split makes no sense
翻訳:角谷剛
編集:スポーティングニュース日本版編集部
※:本記事は翻訳・校正後、日本向けの情報を加えた編集記事となる。
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