昨年12月13日、アジア人初のバンタム級世界4団体王座統一という偉業を成し遂げた井上尚弥は、1か月後、4本のベルトの返上と同時に、かねてから言及していたスーパーバンタム級転向を宣言した。このことによって、2つの階級に大きなドミノ現象が起きようとしている。
一体何が起きるのか、本誌格闘技エキスパートのダニエル・ヤノフスキー(Daniel Yanofsky)記者が解説する。
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井上尚弥は長い間バンタム級の中心人物であり続けた。「ザ・モンスター」の異名で呼ばれ、ほかのボクサーを寄せ付けない無敵の存在だった。その井上が階級を上げることを決め、バンタム級は新たな時代に入ろうとしている。
バンタム級4団体統一王者の井上は、偉業達成からちょうど1か月後の1月13日、横浜市内で記者会見に出席し、今後は4階級制覇を目指すことを正式に発表した。それに伴い、全王座を返上することになる。
昨年12月、井上は英国のWBO王者ポール・バトラーにノックアウト勝利し、アジア人初・日本人初の4団体統一王者となった。そしてスーパーバンタム級へ転向する意向を明らかにした。
「4団体のベルトを、本日を持ちまして返上することをご報告いたします。ひとつひとつ自分の中では思い出に残るベルトです。それぞれの試合に懸けた思いは違う形で残っています。2023年はひとつ階級を上げてスーパーバンタム級への挑戦をしていきたいと思います。体格ではバンタム級が一番適正ですが、このバンタム級ではやり残したことも、戦いたい相手もいません」と井上は語った。
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井上の階級転向は本人も言及し、以前から広く予想されていたことではあるが、それでも2023年以降のボクシング界にいくつかの階級にまたがる大きな波紋を生み出している。まずは最大の疑問から始めてみよう。
井上尚弥の次の対戦相手は誰になるのか
井上は4団体統一王者になるまではバンタム級に留まるつもりだと話していた。その目標を達成した今、階級を上げることは、いわば既定路線だ。
「122ポンド(スーパーバンタム級)でも、もっと動けるし、自分の強さをさらに発揮できると思う」と井上自身はボクシング名門誌『The Ring』誌に語り、こうも続けている。
「ただ、それは僕がよりよく動けるようになった(そしてよりアクティブになった)だけのことです。(実際に)自分より大きな相手に、どれだけのダメージを与えることができるかはわかりません。そこは未知の世界でしょうね」
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階級を上げることによって、井上はWBC、WBOの世界スーパーバンタム級王者であるスティーブン・フルトンへの挑戦権を得ることができる。フルトンは2021年1月にアンジェロ・レオ戦の勝利でWBO、そして同年11月にブランドン・フィゲロア戦の勝利でWBCのタイトルを獲得した。2022年6月にはダニエル・ローマンの挑戦を退け、両タイトルを防衛している。
しかし、スポーツ専門局『ESPN』のダン・ラファエル記者によると、WBC世界フェザー級暫定王座をかけたフルトンとフィゲロアの再戦が2月25日に向けて交渉中とされていた。そうなると、井上とフルトンの対戦は少なくとも今年前半には実現しそうもない(※)。
フルトン以外の対戦相手を探すとなれば、IBFとWBAの同級王者であるムロジョン・アフマダリエフも考えられる。だが、アフマダリエフも2023年の春頃にマーロン・タパレスと対戦することが噂されている。
現王者2人以外の挑戦者としてはルイス・ネリ、アザット・ホヴァニシャン、ライセ・アリームといった名前が挙がる。
※編集部注:オリジナル英文記事公開後の1月18日、『ESPN』がフルトンが井上との今春のマッチアップに向けて合意に至ったという情報筋の新たな証言を伝えた。さらにフィゲロアがフルトンではなく、マーク・マグサヨとWBC世界フェザー級暫定王座決定戦を行うという報道があり、フルトン vs. 井上戦への障害がなくなった。
ポスト井上尚弥時代に突入するバンタム級の行方
「ザ・モンスター」が去ることになったバンタム級は、ようやく静けさを取り戻した。混乱のなかから新たな挑戦者たちが現れようとしている。
ジェイソン・モロニーはWBCとWBOのバンタム級1位ランカーだ。ノニト・ドネアがWBCで同級2位にランクされている。井上がタイトルを返上したことで、この両者が空位のベルトをかけて対戦することになるかもしれない。
「2000年代からずっとベストファイターであり続けているドネアと戦うことは私の夢です。ドネアは史上最高ボクサーのひとりです。ボクシングは紳士のスポーツです。相手にダメージを与えるためにリングへ上がるわけですが、私はいつも対戦相手に敬意を払ってきました。そしてドネアについては尊敬以外に何も言うことはありません。しかし、それほど偉大なボクサーに勝てるとすれば、それはさらに嬉しいことです。ドネアの力はまだ衰えていません。もし彼に勝てば、私は真のチャンピオンとして認められるでしょう。それは私だけではなく、すべてのボクサーにとっての目標になるはずです」とモロニ―はボクシング専門サイト『Boxing Scene』に語った。
井上尚弥の弟である井上拓真には、WBAタイトル挑戦の可能性がある。ビンセント・アストロラビオはニコライ・ポタポフを昨年12月に破り、IBFバンタム級1位にランクされている。その後に続くのはエマヌエル・ロドリゲスだ。ロドリゲスは井上尚弥とIBFバンタム級タイトルをかけて戦い、敗れたことがある。
引退報道もあったバトラーは依然としてWBOで高位にランクされている。かつて保持していたベルトの奪回をかけて、再挑戦することも可能だ。
フルトン以後のスーパーバンタム級の行方
前述したように、フルトンがブランドン・フィゲロアとフェザー級で対戦すると報じられている。もしそうなると、スーパーバンタム級とフェザー級はどうなるのか(※前述通り、1月18日、井上戦に向けて交渉中との報道があった)。
フルトンのトレーナーであるワヒ・ドラヒム氏は、かつてスーバーバンタム級のトップファイターたちとの対戦を望んでいると語ったことがある。
「私たちは2023年を視野に入れています。対戦相手に望むのは、MJ(ムロジョン・アフマダリエフ)か井上尚弥(バンタム級4団体統一王者)です。MJはどうやら私たちを避けているようです。6月に手を怪我していますしね。今は治っているはずですが。もしこのふたりとの試合を組めないのであれば、私たちが122パウンド(スーパーバンタム級)に留まる理由はありません。目標はベルト統一か、あるいは大物との対戦です。MJは賢いですよ。怖がっているとも言えます。すべてをあやふやにしようとしてますからね」とドラヒム氏は『The Ring』誌に言った。
これらの試合が実現しない場合はフルトンの去就は不透明になる。
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WBC世界フェザー級王者のレイ・バルガスは、2月11日に空位となっているWBC世界スーパーフェザー級タイトルをかけてオシャキー・フォスターと対戦する。その試合の結果にかかわらず、バルガスはどちらの階級を選ぶか決断しなくてはならなくなる。フェザー級に留まる場合は、フルトン vs. フィゲロア第2戦の勝者と対戦するという噂もある。バルガスがスーパーフェザーに転向するようであれば、フルトンかフィゲロアがフェザー級王者に君臨することになる(※状況が変わり、フィゲロア vs. マグサヨの勝者と戦う可能性が高くなった)。
フルトンにはバルガスと同じ選択肢があると見るべきだろう。フェザー級王座を得るか、否かだ。もしフルトンがスーパーバンタム級のタイトルを返上すれば、井上尚弥戦は消滅する。どちらのタイトルを選ぶのも自由なのだ。
ルイス・ネリとアザット・ホバニシャンが、WBCタイトル挑戦権をかけて対戦するかもしれない。そうなるとフルトンとのタイトル戦が実現する可能性は遠ざかるだろう。井上はWBO王座をかけてライース・アリームと対戦することもできる。
井上尚弥は2023年度パウンド・フォー・パウンド1位になれるか
2023年も井上は忙しくなるだろう。フルトン戦、あるいは別の誰かとの対戦は、ボクシング界における井上の評価にどう影響するだろうか。
井上とパウンド・フォー・パウンドでトップの座を争うボクサーはさほど多くはない。カネロ・アルバレス、テレンス・クロフォード、そしてオレクサンドル・ウシクといったところだ。
カネロは現在、手首の故障からの回復を図っている。リングに戻ってくるのは5月だと見られている。このスーパーミドル級4団体統一王者の対戦相手候補に挙げられるのは、ジョシュ・ライダーとライトヘビー級王者ディミトリー・ビボルとの再戦である。
クロフォードはエロール・スペンス・ジュニアとの対戦を待ち望んでいるが、今のところその予定はない。クロフォードが最後に戦ったのはダビッド・アバネシヤン戦である。ウシクはタイソン・フューリーとのヘビー級4団体統一王座が期待されている。この一戦が実現すれば、その勝者は井上がパウンド・フォー・パウンドでトップを狙う上で最大のライバルになるだろう。
しかし、もし井上が少なくとも2試合のタイトルマッチを行うことができれば、状況は有利になるはずだ。
それもこれも、フルトンの動向次第である(※)。
※編集部注:前述通り、フルトン vs. 井上戦への障害がなくなったことで、春先の対決は濃厚となった。交渉が順調に進めば、井上は当初の予定通りステップマッチなしで4階級制覇およびスーパーバンタム級2団体統一王者に近づくだけでなく、男子史上初の2階級4団体統一王者に向けて最短距離を進むことになる。
原文: The chaotic domino effect caused by Naoya Inoue moving up weight & vacating bantamweight titles
翻訳:角谷剛
編集:スポーティングニュース日本版編集部