FIBAバスケットボールワールドカップ2023が8月25日に開幕。日本、フィリピン、インドネシアによる3か国共催となる今大会について、バスケットボール・アナリスト(解説者)として活躍する佐々木クリス氏に深掘り解説してもらった。
日本代表がグループフェーズで対戦する3か国の特徴や注目選手は――?
グループフェーズ初戦の相手ドイツ代表の特徴・注目選手
――グループフェーズで日本が対戦する相手についてお聞きします。まずは初戦のドイツ代表のチームとしての特徴と注目選手を教えてください。
佐々木クリス:ドイツは現在世界ランク11位です。2021年にはヨーロッパのトップを決めるユーロバスケットというものが行われましたが、ここでは銅メダル獲得と躍進しました。東京オリンピックでも8位に入賞していますね。そして、注目は何と言っても29歳、190cmの大柄なポイントガードで、ドリブルで中に切れ込んでいくことが得意なデニス・シュルーダーという選手になります。
彼は昨シーズンまでNBAのロサンゼルス・レイカーズでプレイしていたので、八村塁選手のチームメイトとして名前を聞いたことがある方も多いんじゃないかなと思います。非常に勝気な性格で、どんな相手にもひるまず突破を試みてくるので、日本のディフェンス力が試されるゲームになります。
もう一人挙げるならばフランツ・バグナーという21歳、206cmで102kgと非常に体格のいい選手です。NBAでも平均で18.6得点、3ポイントショットも36%以上の確率で決められるようなオールラウンダー。この2人の得点源をどのように止めていくかが日本にとってすごく大事なポイントになってくると思います。
周りにいる選手たちも、エネルギッシュでハッスルプレイも多く、ディフェンスもできるというのが、ドイツの強さになっています。
日本代表がドイツに勝つために必要なこと
――日本としては、初戦のドイツ戦がキーポイントになると言われています。日本がドイツに勝つために必要なことは何でしょうか。
佐々木クリス:僕もドイツ戦が非常に重要だと思っています。立ち向かう相手としてはかなり強大です。実際、ドイツに初戦で勝利を挙げられる保証はありません。むしろ少ないかもしれない。ただし、例えば日本がホームである沖縄で試合を行う、湿度も非常に高い、相手はもしかしたら初戦でコンディション不足かもしれない。そういった中で日本が前半に善戦して、例えば1桁でもリードしていれば、『よし、日本いけるぞ』というような機運になると思うんですね。
これで後半に逆転負けを喫したとしても、『よし、やはり僕らは世界と戦っていくだけの基盤を作れたじゃないか』というふうに示せるはずだと思うんです。そうすると、やはり次のフィンランドだとか。オーストラリアとの戦い、それからグループフェーズを突破できなかったとしても、次のラウンドである順位決定戦での戦い方も全く変わってくるものと思います。なので、やはりドイツ戦に照準を合わせていくということは必要不可欠だと思います。
では、そのドイツに対してどういうことが大事なのかというと、激しいディフェンスやリバウンドで切磋琢磨することはもちろん重要なんですが、何といっても戦うメンタリティですね。
『ペース』と『スペース』が日本の大きな鍵ですが、相手に得点されてもされなくても、自分たちの攻撃に変わったら即座にアタックしていく。その姿勢を繰り返し見せていくことです。これが(ボクシングの)ジャブのように、相手にどんどん効いてくるはずです。
メンタル的にも、『日本はいくらノックアウトしても全然めげずに攻め込んでくるぞ』『こいつらホント手強いな』『何回たたき落としても這い上がってくるのか』と相手に感じさせるような、そういう気持ちを見せることが大事。失点したとか、そういうことは一切気にせず、クイック・リスタートでボールを投げ入れて、即座に攻撃に気持ちを切り替えていくこと、これを40分間やり続けられるか。ディフェンスでも、攻撃的なメンタリティで戦っていけるか。これが最終的にはトム・ホーバスHCが伝えている戦術の遂行力にも繋がってくると思いますし、コーチが東京五輪で女子日本代表を銀メダルに導いた『信じる力』というものが生まれることに繋がると思います。これが一番重要なポイントじゃないかなと思います。
ホーバスHCの、自分たちの力を信じさせるリーダーシップは本当に素晴らしいなと思います。W杯予選でも数十人の選手を試していますが、その中でいつも言っていたのは、自分のバスケットをやるためには5人が脅威にならなきゃいけない。言うならば全員が起点作りをしなきゃいけない。『全員が身長2メートルのポイントガード』であることが理想的なバスケットなんですけれども、『日本代表に来たらBリーグのチームではあなたは4番目、5番手のオプションかもしれないけど、このチームではいつもファーストオプションだから』と伝えて、マインドセットを変えなきゃいけないっていうことをずっと言っいてたと思います。
その言葉を信じて、大きく花開いている選手がたくさんいると思うんですよ。それは例えば国内組で言えば井上宗一郎選手であったり、吉井裕鷹選手もそう、西田優大選手もそうかもしれない。馬場雄大選手はさらにそこからさらに突き抜けてきていますし、富永啓生選手などはアメリカで学んでいることをさらに大きく膨らませています。
最たる例は河村勇輝選手に集約されるのかなと思いますが、あれほどパス偏重気味だった選手が、世界で通用するポイントガードになるためには、やはり得点源にならないと持ち味であるパスですら消されてしまうというのが、この代表活動の中で、トムさんと喧々諤々やる中で本当の意味で理解できたからこそ、あれだけ素晴らしいBリーグでのパフォーマンスにもなったと思います。ここは本当に、トムさんが日本のバスケットボール全体の力を押し上げてくれた部分なんじゃないかなって思います。
グループフェーズ2戦目の相手フィンランドの特徴・注目選手
――続いてフィンランド代表の特徴と注目選手を教えてください。
佐々木クリス:フィンランドは世界ランキング24位のチームです。ニックネームは『ウルフパック』。オオカミの群れというぐらい、インテンシティの高い、気迫のこもった、ガツガツしたプレイスタイルがチームの特徴です。ファンもそれぐらい熱狂的というところが世界的にも非常に有名なチームです。このワールドカップ予選ではなんとヨーロッパでいの一番に突破して、このワールドカップ出場権をつかみ取っているチームで、すごく勢いもあります。
その勢いを象徴する選手がラウリ・マルカネンというNBAのユタ・ジャズでプレイしている選手です。身長213cmながら非常にオールラウンダーです。昨シーズンの平均得点は25.6得点と、なんと1年前から10.8点も平均ポイントを上げ、それによって最も成長した選手に贈られるMIP賞(Most Improved Player)というものも受賞しましたし、NBAのオールスターにも出場しています。1試合平均で3本以上の3ポイントショットを決めたのは、NBAでも14人だけなんですけども、208cm以上で達成したのは2人だけなんですが、その2人のうちの1人です。フィンランドが今、躍進している原動力になっているので、この選手をどのように止めていくかというのが、すごく大事な要素なんじゃないかなと思います。
昨年行われたユーロバスケットでも非常に高い平均得点を記録していたので、何よりも彼に対するディフェンスにいかに注力するかが一番大事なポイントだと思います。
グループフェーズ3戦目の相手オーストラリア代表の特徴・注目選手
――最後に、グループフェーズの最終戦の相手となるオーストラリア代表についてお聞かせください。非常に手強い相手だと思いますが、このチームの特徴と注目の選手はどんなところになりますか。
佐々木クリス:現在、オーストラリアは世界ランキング3位です。予選と本戦で全くメンバーが変わってきます。10人のNBAプレイヤーがロスター入りしている(※取材時点)ことに加えて、代表活動を国家的プロジェクトとして継続的に取り組んできていて、その継続性の強さがあります。
東京五輪で銅メダル獲得とついに表彰台に上がったわけですが、逆にワールドカップでは過去13回のうち12回出場しているんですけども、4位がこれまで最高。なので、オリンピックに続いて、このワールドカップでは少なくとも表彰台に登りたいというハングリーさも加わってくると思います。
オーストラリアの特徴としては、フィジカルさがバスケットボールでも顕著に感じられる国だと思います。それはやはりオーストラリアンフットボールという競技があって、サッカーとラグビーを掛け合わせたような非常に荒々しいプレイが求められるような競技を幼少期から多くの選手たちが経験しているので、球際の強さ、リバウンドの強さ、スクリーンの強さ、バスケットボールを構築する土台の部分の圧倒的な基礎力が非常に高いです。
さらに、連係プレイ。例えばアメリカのような華麗さや高い運動能力を生かしたスタイルではなかったとしても、シュート力が抜群であったり、無骨に見えてパスセンスのあるセンタープレイヤーもたくさんいたりだとか、組織力が非常に高いチームです。
注目選手は2人。まずはNBAキャリア14年を誇るパティ・ミルズ選手ですね。彼は34歳、185cmで爆発力が魅力の選手です。あとはジョシュ・ギディー選手。東京五輪では若さ故にか落選してしまったんですけれども、今回は20歳で代表に名を連ねてきました。2021年のNBAドラフト全体6位で指名され、2022年1月には史上最年少の19歳と84日でトリプルダブル(個人スタッツ三部門で二桁の数字を記録すること)という、バスケットボールの中では特別とされる記録を達成しています。そんなオールラウンド性を持つ彼にも注目すると面白いんじゃないかなと思います。
日本代表の現実的な目標は?
――これら強豪3チームと対戦する日本代表の今大会における現実的な目標はどこになるでしょうか。
佐々木クリス:今回のワールドカップは、日本代表にとって非常に大きなチャンスがあると思っています。それは、歴史的な偉業を成し遂げるチャンスがあるということです。ドイツ、フィンランド、オーストラリアのどの国に勝ったとしても、これは世界のバスケットボールの勢力図が変わるような、それぐらいの大事件になるわけです。これを達成できるチャンスがあるのは、非常に喜ばしいことだと思います。
現実的な目標は、これら3つの国から1勝をもぎ取ることだと思います。1勝してもグループフェーズ突破には足りないかもしれません。でも、1勝すればパリ五輪への切符が見えてきます。歴史的な大金星を掴むとともに同時に、それ達成することができれば、これは日本にとって大きなゴールを達成したことになると思います。僕は叶わない夢だとは思っていません。
佐々木クリス プロフィール
ニューヨーク生まれ、東京育ち。青山学院大学在籍時に大学日本一を経験。千葉ジェッツ、東京サンレーヴスでプロ選手として活動したのち、2013年よりNBAアナリストとしてNBAの中継解説をスタートさせる。2017年より国内Bリーグの公認アナリストとしてNHK、民放各局などでもBリーグ中継解説を務める傍ら子供達を指導する『えいごdeバスケ』を主宰。日本バスケットボール協会C級コーチライセンスを保有。著書に「NBAバスケ超分析~語りたくなる50の新常識~」がある。
取材:及川卓磨(スポーティングニュース日本版)
撮影:早坂卓真
協力:有限会社ボイスワークス