世界トップランナー、キプチョゲ&ハッサンがナイキ銀座で語った「マラソンと人生観」

2024-03-09
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(©Nike)

3月3日に行われた東京マラソン2024には、オリンピックの男子マラソン2連覇中の“生きる伝説”、39歳のエリウド・キプチョゲ(ケニア)と東京五輪5000m、10000m2冠で女子マラソン世界歴代2位の記録を持つシファン・ハッサン(オランダ)が参戦した。キプチョゲは10位、ハッサンは4位の結果だったが、世界トップランナーの走りは、大きな注目を集めた。

そのふたりがレース翌日の4日、東京・銀座に昨年12月にオープンしたNIKE GINZA(ナイキ銀座)で行われたトークセッションに出席。冒頭では、昨年10月のシカゴマラソンで男子マラソンの世界記録を樹立しながら今年2月に交通事故で他界したケルビン・キプタム(ケニア、享年24)に一同で黙祷を捧げたのち、一般の招待客、学生駅伝で活躍する選手たちの前で、それぞれの競技観を中心とした質問に答えた。

終盤にはパリ五輪男子マラソン日本代表に内定している小山直城(Honda)、東京五輪では10000m7位入賞を果たしパリ五輪出場も期待されている廣中璃梨佳選手(日本郵政グループ)も加わり、大いに盛り上がりを見せた。

ここでは代表的な質疑応答の内容を紹介する。

――今回の東京マラソンについて改めて振り返ってください。

キプチョゲ:2年前に東京マラソンで優勝したときは(コロナ禍の制限もあり)街路にいる皆さんは通常どおりに応援できない状況でしたが、今回は本当に多くの応援をいただきました。東京だけなく日本にはマラソンのカルチャーがあり、走る魂がある。お互いを思いやる気持ち、その気持ちを持って物事にあたる点は素晴らしい。東京こそ、ランニングシティだと思います。

ハッサン:また来られてうれしいですし、東京は特別な場所です。というのも3年前のオリンピックでは3種目で走ることができ、オリンピックでは自身初の金メダルをふたつも取れました(5000m、10000m。1500mは銅)。日本は本当に、長距離、マラソンのランナーが頑張っている場所だと思います。

私自身は昨年のシカゴマラソンの後、長い休みを取ったこともあり、昨日のレースでは苦しんだところ、体に堪えたところもありましたが、たくさん声援をいただいたので、特に最後の7、8kmは楽しく走れました。

――レースに対してどのような準備を大切にしていますか。

キプチョゲ:きちんと計画を立てること。フルマラソンに対しては4か月間かけて準備していきます。最初の1か月はジムに行って、フィジカルトレーニングを行う。その後の走練習に向けての準備です。そして残り3か月でスピード、テンポ、インターバル、30〜40kmの距離走含めて準備を進めていきます。心の準備もして、心技体すべてを整えていく。やはり楽しくトレーニングすることが大切で、3か月間(の走練習)をしっかり取り組むことで準備をしていきます。

ハッサン:私も体づくりを行なってから本格的なランニング(走練習)を入れていきます。(立ち上がりは)ジムに行ったり、短い距離を走っていく。ゆっくりとトレイル(クロスカントリー)などで長くゆっくり走ることをしながら、少しずつビルドアップしていきます。体が慣れてきたら、一つずつの強度を上げていく。一番大切なのは一貫性で、繰り返し行うことです。

ジムでのフィジカルトレーニングは大事です。ランナーはジムに行かないという人もいますが、走るためには体を強くしなければいけない。そうすればしっかり走れるようになります。(体を鍛えることで)メンタルの準備もできます。これだけやったんだから走れるという心の準備です。ジムワークは非常に重要です。

――食事、栄養面で気をつけていることはありますか。

キプチョゲ:炭水化物、ビタミン、タンパク質含めて、バランスよく摂ることです。走る上で体に必要なものを摂っていく。タンパク質では牛肉が好きです。(日本では)和牛も食べましたよ。焼き加減はウェルダンで食べます。

ハッサン:トップアスリートだけではないと思いますが、私もバランスよく栄養を摂るようにしています。日本の食べ物はみんな素晴らしいですし、すべておいしい。寿司も好きですし、魚では特にサーモンが好きです。また日本は小皿でいっぱい出てくるのがいいですね。小さいもの一つひとつがおいしい。引っ越したいくらいです(笑)

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――レース前のルーティンなどはありますか。

キプチョゲ:特にありません。ただ、落ち着いて、集中すること。自分がレースまでにやってきたことを思い返します。

ハッサン:腕をどういうふうに振るか、右腕、左腕どっちかと考えると走れません(笑)。あえていえば、レース直前にはたくさん走りません。あと私も、準備したことを思い返して、反芻します。うまくいかないこともありますし、時には、なぜこんなに走っているのか、と自問するときもあります。

キプチョゲ:私はそんなふうに(なぜこんなに走っているのか、と)思ったことはありませんよ。

――満足しないレース結果となったとき、どのように受け止めていますか。

キプチョゲ:私自身がよく言うのですが、毎日がクリスマスではありません。人間は機械ではありません。アラームをセットしてもその時間通りに起きられないときもあります。今、悪くても明日良くなるかもしれない。結果が良くても悪くても、それを受け入れて前に進んでいく。傘は雨を止めることはできないけど、雨を防ぐことはできます。オレンジを絞ってうまく果汁を出せなくても、またそのオレンジを絞れば、しっかり果汁を出し切ることができます。悪いことがあっても、それを受け入れること。それが人生にとって大切です。

ハッサン:若いときは結果が悪ければ、泣いたり怒ったりしたけど、大人になるとうまくいかない日、うまくいく日があることを理解するようになりました。うまくいかなければ何が原因だったのかを考える必要はあります。明日は明日の風が吹くと考えていく。次があるのだから、前を向いていこうと。そうやってメンタルが変わってきたので、悪い結果でも受け入れて次に向かうようにしています。

――(一般の招待客からの質問)マラソンではどうしてもレース終盤、キツくなってしまうのですが、どのように考えて対処していけばいいでしょうか。

キプチョゲ:マラソンは簡単なものではありません。苦痛もあるかもしれないけど、走り切ったあとのことを思い起こしてほしいと思います。

ハッサン:苦しくなったら、そこからがレース開始です。そういうふうに思ってほしい。苦痛からスタートする(笑)

――ナイキのアルファフライ3が発売され、現状は完売状態ですが、このシューズの開発にはキプチョゲ選手も関わってきました。最後にシューズの未来についてはどのように考えていますか。

キプチョゲ:ランニングの未来は明るいですし、安全なものであると思います。ナイキはリカバリーが早くなるよう、たくさん走れるようにするためのシューズを作ってくれる。特にリカバリーを早くなるように工夫してもらっている点は素晴らしいと思います。

ハッサン:同じ意見ですね。リカバリー、エネルギーリターン(地面からの反発力)をシューズで得られれば体への負担が減り、いいトレーニングができます。ナイキはいいシューズを作ってくれることで、その両方を促進させてくれるので、素晴らしいと思います。

――最後に日本のランナーたちにメッセージをお願いします。

キプチョゲ:日本の皆さん、日本をランニングネイション(running nation)にしてください。日本は、実りの多い素晴らしい国です。一緒に走りましょう。

ハッサン:運動をする人もしない人も、走ることはしてほしいですね。体を動かすことは、人生にとっていいことです。SNSを使っている若者は多いですが、一度横において、走りましょう。SNSは必要ないもの、ゴミです(笑)